【コメントー冒険の入り口を探せー】
小学生の頃(82年~88年)、自宅の正面に小さな公園があった。
手狭な中に砂場とジャングルジムと鉄棒があった。
公園の端には溝があり、ゴムボールがよくそこへ転がり込んだ。
溝の中に残っていればラッキーなのだが、溝の終点はトンネルのように地面の下へ続いており、ここへ入るといくら手を伸ばしても届かない闇の中へとボールを紛失することになる。
幾度となく貴重なボールを失ってしまい、夏休みのある日、とうとううちの兄はトンネルの中に頭を突っ込んだ。
「入れそうや!」
兄の命令で懐中電灯を家から持って来た。
高さ40cm、横幅30cmほどのトンネルに足からゆっくり兄は侵入して行った。
中から兄が僕を呼んだ。
僕も同様にして足から入って行くと、足が地面につかない。
溝の終点から、1mほどの高さの段差になっていた。
身を反転し、肘で体重を支えおそるおそる足を着いた。
溝は乾いていたのに、この中は水がわずかに流れている。
暗くてひんやりしている。
蝉の声が遠く聞こえた。
兄が懐中電灯を点けると、丸く筒状の空洞トンネルが続き、先で左右に枝分かれしていた。
屈んで歩ける高さだった。
ボールが足もとにいくつも転がっていた。
さっき失くしたボールも、何か月も前に失くしたボールも落ちていた。
兄と僕は、少しずつ前進し枝分かれしたところまで到着した。
よく見ると壁面は苔だかヘドロだかでドロドロしていた。
右のトンネルも左のトンネルも先は長そうだったので、その日は一旦引き返した。
翌日から、この探検は僕たちの間で流行した。
友人たちがいれば怖さも半減し、随分と奥地にまで進めるようになった。
地上から光が射す小さな穴があったので、木の枝を突き刺してから引き返した。
溝を出て、先ほど地下で歩いていたはずの道順を辿って行った。
「この辺で左に曲がって…、たしか5mくらい進んで…」
公園をはずれた先の歩道にマンホールがあり、なんと蓋の穴から先ほどの枝が突き出ていた。
僕たちは歓喜に沸き返った。
映画「グーニーズ」では、海賊「片目のウィリー」が隠した財宝を求めて少年たちは探検をする。
海賊ウィリーが仕掛けた罠は今なお稼働し、次々に少年たちを襲う。
巨大岩が転がってきたり、剣山のような天井が下がってきたり。
その危機を少年たちがそれぞれの特性を生かしつつ乗り切る。
歯を矯正して、喘息の吸入器を手放せない主人公マイキー。
口が悪くてカッコつけマンのマウス。
食いしん坊でおデブのチャンク。
アジア系発明少年、データ。
この仲良し四人組は、自分たちのことをグーニーズと呼んでいる。
マイキーの兄ブランド、その彼女のアンディ、その友人のステファニィを巻き込んで、彼らの冒険は始まる。
冒険の舞台は少年たちが住む街の地下にある。
宝の地図に従って、海辺の灯台の地下へ下りてみると、壮大な冒険世界が広がっていた。
すぐ近くにある異世界。
うれしい設定だ。
もしかしたら、僕たちの町にもインディ・ジョーンズばりの冒険が潜んでいるのではないか。
この映画は公開当時家族で見に行ったが、その後数日間グーニーズの夢世界が忘れられず、落ち着かない日々を過ごした。
映画中盤、いくつかの危機を乗り越えて前進していた彼らの前に、太陽の光が差し込む。
地上へと続く井戸からの陽光だった。
膝まである水の底には、貨幣がたくさん散らばっていた。
井戸は街の中にあり、人々はコインを投げ入れては願い事をしていたのだ。
グーニーズが見上げると、街の若者三人がこっちを見下ろしている。
「おいお前ら、何やってるんだ?」「上がってこいよ」
海賊の財宝を探すなどという無茶な冒険を中断する機会が訪れたのだ。
冒険の異世界がふっと途切れ、観客の僕も我に返った瞬間だった。
正気になったことで、この冒険が決して夢なんかではないんだと自覚した心地になった。
これは遊びじゃないんだ。
我らがマイキーはより一層冒険への決意を強めるのだった。
なんとしてでも財宝を手に入れなければならない。
グーニーズとその仲間たちは、日常に住む若者たちの忠告を振り切って先を急ぐ。
僕はこの場面が好きだ。
普段の生活と紙一重のところにある大冒険が実感できた。
そう、溝から地下通路に侵入した僕たちの心意気は、グーニーズと同じだったはずだ。
僕はいい気になって、友人を順番に地下探検に招待していた。
その日も、友人一人を連れて「地上へのマンホール」をやってみせた。
案の定、友人は大喜びした。
将来的にはもっと奥まで行くつもりだと得意になって話した。
さて、冷たい麦茶でも飲もうと、その友人宅へお邪魔した際、友人の母親が眉間に皺を寄せた。
「あんたたち、臭い!どこ行って来たんね!」
自身の体を嗅いでみると、確かに臭いような気がする。
秘密の地下通路が下水道であったことを、その時初めて知った。
その数日後のことだった。
近所で少年が溝にはまり込む事件があった。
僕たちの溝とは別の場所だったのだが、同じ学校の上級生がボールを取ろうとして蓋のある溝に入り込み、抜け出せなくなったのだという。
走って現場に駆け付けると、救急車が出動しており、辺りには黒山の人だかりができていた。
溝の蓋をドリルで壊し、少年はようやく救出された。
自分で歩いて救急車に入って行ったところを見ると、幸い怪我はなかったようだ。
大人たちの行動は早かった。
既に噂になっていたのかもしれない。
夏休みが終わる頃には、我々の地下通路への入り口は太いパイプの柵で封鎖されてしまった。
映画「グーニーズ」には、少年期の冒険心がたっぷりと詰まっている。
数年前、DVDで20年ぶりに鑑賞し、作品のワクワク感は色褪せていないことを確認した。
きっとまだ、僕らは冒険に出られるだろう。
ただし、身体が大きくなっているため、狭い入り口を抜けることは相当に難しいかもしれない。