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「生きる」~唯一無二の顔~       
黒澤明監督

生きる」(1952年

監督: 黒澤明
製作: 本木荘二郎
脚本: 黒澤明/橋本忍/小国英雄
撮影: 中井朝一
美術: 松山崇
編集: 岩下広一
音楽: 早坂文雄
演奏: キューバン・ボーイズ/P.C.L.スイングバント/P.C.L.オーケストラ
監督助手: 丸林久信/堀川弘通/広沢栄/田実泰良
記録: 野上照代
照明: 森茂

出演:
志村喬 / 渡辺勘治
日守新一 / 市民課課長・木村
田中春男 / 市民課課長・坂井
千秋実 / 市民課課長・野口
小田切みき / 小田切とよ
左卜全 / 市民課課長・小原
山田巳之助 / 市民課主任・斎藤
藤原釜足 / 市民課係長・大野
小堀誠 / 勘治の兄・渡辺喜一
金子信雄 / 勘治の息子・光男
中村伸郎 / 助役
渡辺篤 / 病院の患者
木村功 / 医師の助手
清水将夫 / 病院の医師
伊藤雄之助 / 小説家
浦辺粂子 / 喜一の妻・たつ
三好栄子 / 陳情のおかみA
本間文子 / 陳情のおかみB
菅井きん / 陳情のおかみC
宮口精二 / ヤクザの親分
加東大介 / ヤクザの子分
小川虎之助 / 公園課長


【おはなし】
余命幾ばくもないと診断された、とある役人が、死ぬまでに公園を作ろうと思い立つ。


【コメントー唯一無二の顔ー】

高校時代(92年95年)、演劇部に所属していた。
高校野球のように、高校演劇にも地方大会があり全国大会があった。
大会で勝ち残れるよう、日々練習に精を出していた。
演劇と言うからには、演技をしなくてはならない。
演技とはどういうものなのか、考える術すら持たない高校生が突然演じる立場になったとき、よすがとなるのは「学芸会の演技」と「演劇部の先輩の演技」と「テレビドラマの演技」である。
中学時代、黒澤明監督作に傾倒していた僕には、もう一つ「志村喬の演技」というのが頭にあった。

志村喬(しむらたかし)は黒澤作品の常連で、タラコ唇と大きな目が印象的な、魚のような顔をした俳優である。
作品によって全く異なる人物を演じているが、この「生きる」では癌を患った小役人を演じている。
退屈極まりない日々の仕事をこなし、ただただ日常を消化していたこの男は、自分が癌だと分かり絶望する。

志村喬の演技はこの映画で爆発している。
尋常ではない表情だ。
目を大きく見開き、眉毛は糸で引っ張ったように左右上方に押し上げられ、唇の端は左右下方に向って引きつっている。
顔面を凧と例えるなら、その骨組でピンと四方八方に突っ張っているような状態である。

更に、台詞回しも常軌を逸している。
短い単語を区切りつつ、かすれたような声で絞り出す。
そして一語一語は早口なのが特徴である。
「いや…しかし…その…私は…実に…その」
といった調子で、実際シナリオを読んでみると、上記のように書かれてある。
猫背で、まばたきをせず、俯き加減に一点を見つめて台詞を吐く。

90年代からの一時期、日本の俳優の中で「自然体」という種類の演技が流行したことがあった。
まるで、普段話しているかのように振舞う演技のことを指すのだと思うが、僕にとってはその演技の方がよっぽど不自然に見えた。
自然ですよー、という役者の自意識が鼻についてしまいどうも馴染めなかった。
自然を求めるあまりに、普段よりも声は小さくなり、普段よりもきょろきょろし、咳ばらいをしてみたり、鼻をすすったり、行き過ぎの傾向があった。

僕が好きなのは、例えばこの志村喬の演技である。
どこの世界を見ても、こんなふうに喋る者はいないだろう。
だが、この演技をやっている志村喬には余計な自意識が感じられない。
全身全霊を持って、役に成りきっている。
演技が臭い、とかいう次元でないことは確かだ。
この映画のテーマは重く、各シーンには人間の悲痛なあがきが描かれてある。
志村喬は真正面からこの役に挑み、映画「生きる」そのものの存在と同化している。

演劇部に入部早々、僕は6月の文化祭での上演作に出演することになった。
台本はプロの劇団が出版している既成のもの。
戦隊ヒーローものをパロディ化したような作品だった。
僕は悪の一団のリーダー役で、「生きる」の志村喬とはかけ離れた役柄だったのだが、ものは試しで例の演技を披露してみた。
演出担当の女子の先輩は、僕を指差して叱った。

「だめ、全然何言いよるんか分からん。変えて」
「あ、はい。すいません」

思うに、志村喬のこの演技は、他では応用できないものなのではないだろうか。
「生きる」という映画の中で、志村喬という俳優が用いた際にのみ有効な秘技であろう。
現に、他のどの映画を見ても誰もこのようなお芝居はやっていないし、志村本人ですら、生きる以外でここまでのことはやっていない。

この映画は、不朽の名作と言われることがある。
それは、ストーリーや演出もさることながら、世界にたった一つの志村喬の演技が見事に封印されているからだと思う。



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●2007年09月23日 16:50に投稿された記事です。

●ひとつ前の投稿は「「天国と地獄」~閻魔様どうかお許し下さい~黒澤明監督」です。

●次の投稿は「「宝塚映画祭」映像コンクール「ブルーカラーウーマン」レポート第一部」です。

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