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「恋しくて」~全力、恋する乙女~
ハワード・ドゥイッチ監督

恋しくて」(1987年

監督:ハワード・ドゥイッチ
製作:ジョン・ヒューズ
製作総指揮:マイケル・チニック
脚本:ジョン・ヒューズ
撮影:ジャン・キーサー
音楽:スティーヴン・ハギュー / ジョン・ミューサー

出演:
エリック・ストルツ
メアリー・スチュアート・マスターソン
リー・トンプソン
クレイグ・シェイファー
ジョン・アシュトン
イライアス・コティーズ
モリー・ヘイガン
キャンディス・キャメロン
パメラ・アンダーソン
チャイナ・フィリップス
ローラ・リー・ヒューズ


【あらすじ】
学園の花形アマンダ(リー・トンプソン)に惹かれるキース(エリック・ストルツ)は、幼馴染のワッツ(メアリー・スチュアート・マスターソン)の気持ちに気づかない。徹底的に鈍感なキースを健気にも慕うワッツ。果たして恋の行方は・・・。


【コメント-全力、恋する乙女-】

数年前、帰省した折に小中学校の同級生と飲みに行った。
幾人かの仲の良い男子連中とはこれまでも顔を合わせる機会があったが、その時は中学の卒業以来、実に十五年ぶりに会う女子たちとの飲み会であった。
各自、結婚したり子供がいたり、ちゃんと社会生活を送っていたり、随分と立派に見えた。
今は何をしてるかなどを話した後は当然、「あん時誰が好きやった?」という方向へと話題は移る。

だんだんと彼女たちのボルテージは上がり、当時の交換日記の話へと突入した。
女子同士で日記を回覧していたのだそうである。
なるほど、メールやブログなどなかった時代、そう言えば女子達は授業中にも小さく折りたたんだ手紙を渡し合ったり、小まめに意思伝達を怠らない様子であったと思い出した。
やたらとファンシーな便箋に色とりどりのペンを駆使して、丸文字や挿絵が踊る手紙を、うちにも姉がいたこともあって、一度ならず目にしたことがある。
うちのタマ知りませんか?けろけろけろっぴター坊、などの文具は恐ろしいほど流行っていて、最早男子の文房具にもそれらのキャラクターが散見されるほどであった。

交換日記の話題となったところで、僕は、ふと疑問に思うことがあった。
果たして日記というからには毎日書くものなのだろうけど、一体何をそんなに書くことがあったというのだろうか。

「その日記には、どんなことを書いたん?」
僕の問いかけに彼女達は一瞬きょとんとし、そんなこと聞くまでもないだろうという表情を浮かべた後、にこやかな笑顔になって
「そんなん、好きな男の子のこと書くに決まっとるやん」と笑った。
僕にとってこれは驚愕の事実であった。
小学校三年生にして、女子の頭の中は好きな人のことで充満していたということで、道理で恋占いや恋のジンクスに躍起になっていたはずである。
男子の頭の中は、サッカー、マンガ、ファミコン、野球、ラジコン、何して遊ぶ?、なんか腹へったわ、秘孔突かせろや、誰か屁こいたやろ、とかそんなところが関の山である。
交換日記には、今日なんとか君と目が合ったとか目が合わなかったとか、そんなことを書いて報告し合っていたのだそうである。
僕に言わせれば、そんな女子たちは、おしゃまとかおませとかいう域を超えて、ほとんどエロなのではないかと思う。
なんとエロい女子。これでは、かないっこないと思った。

映画「恋しくて」の三角関係は、80年代青春恋愛映画のまさしく王道といった展開で進む。
いかにもな内容に手が出ず、全く子供だった僕はこういった作品は敬遠し、公開当時87年は12歳ですか、高校大学に至ってもスルーし、ようやっと20代も後半の頃に、思い切ってレンタルしたのである。

映画冒頭、80年代のあの音質、曲調のロックが流れ、カメラはドラムを叩いているショートカットの美少女を捉える。
これが、かのメアリー・スチュアート・マスターソンである。
我々の世代にとってのボーイッシュ発祥の地。キュートさたるや尋常ではない。
幼馴染みのエリック・ストルツは、彼女の恋心に全く気がつかないことで、観客をやきもきさせる。

圧巻は映画中盤での「キスの練習」シーンである。
「キスしたことあんのかよ」「ねえよ」「じゃあ私を相手にやってみなよ」「おお、やってみるよ」
とまあ、そんな展開で二人がキスのお稽古をしようということになり、この場面において既に30歳を前にしていた大の大人である僕はモゾモゾと座りなおし、頭に血が昇るのを抑え切れず、前傾姿勢になって「すっげー場面」と呟かずにはおれなかった。
キスの練習だなんて、そんな桁外れなことをよくもまあ思いついたなと、脚本ジョン・ヒューズの偉大さに感心したり、呆れたり。

この映画がすごいのは、青春の青々とした青臭い様子を、画面全体に漲らせているところにある。
キスの練習をしてもなお、エリック・ストルツはM・S・マスターソンの気持ちにてんで気がつかない。
そんな馬鹿なと言いつつも、いやしかし、それが思春期の恋なのかもしらん、と妙に納得させる映画である。
ましてや、交換日記に好きな人のことを書き綴るような破廉恥を女子陣が平然とやってのけ、男子陣はやはりそんなことはつゆ知らずに日々を遊んで過ごしていた事実を思うと、エリック・ストルツの鈍感さを他人事として笑うのは、まるで自分だけ女心の理解者を気取っているようで、これは慎まなくてはならない。
エリック・ストルツは映画終盤に入っても、ハイスクールの一番人気リー・トンプソンに惹かれ続け、さてこれは一体どうなるのやら、エンドマークまで目が離せなかった。

この映画を見たことを、友人らに語ったとき、真っ先に「キスの練習」場面のことを挙げて、あれは一体なんなんですかと尋ねると、そこにいた女性の友人は
「当時ビデオで借りて、あの場面何回も巻き戻して見たよ」と言い放った。

こっちは大人になってから一度見ただけでもビビりまくったというのに、かないっこないわけですよ。



コメント (6)

トラ猫アダム:

今日は、そして初めまして。おけぴネットの会員です。
演劇や古典芸能を始め様々な分野の作品に興味をもっており、映画もその1つです。
『約、日刊』の記事、おもしろく拝読させていただきました。名前を短くして呼ぶことと関連して井上陽水氏の“了解=り”と表現する、とのことですが、その昔、フランスのある著名な作家が出版社との遣り取りの約束で、彼からは“?(=売れ行きはどうですか?)”、出版社からは“!(=好調な売れ行きです!)”と決め事をしていたと聞いた憶えがあります。差し詰め今の時代ならば、井上ひさしさんや三谷幸喜さんあたりが“(公演主催者)脚本の状況はいかがですか?”との催促に“(脚本家)まだ仕上がっていません!”との遣り取りにでも使われそうな光景ですね。

ブログ筆者よしだ:

トラ猫アダム様
コメントありがとうございます。

「?」に対し「!」とは、なんとも粋なやり取りですね。

思い出すのは、向田邦子の著書「字のないはがき」です。
これは教科書に掲載されていて読んだ短編ですが、
疎開する妹に、父親が毎日ハガキを送るよう申しつけたというエッセイです。

まだ字の書けない妹のために元気であれば丸印を書いて送るよう申しつけたのですが、
最初は大きな丸印だったのがだんだん小さくなり、やがて×(バツ)になり、とうとうハガキが届かなくなったと。
妹が帰ってきたときに、父親が人目も気にせず泣いて抱きしめたというものだったと思います。

たった一つの記号なのに、
充分過ぎるほどの行間を感じました。

本当はそういう内容で、このブログを書けたら素晴らしいなと思います。
書けない日は「×」でごまかしてみたり。

こんにちは、はじめまして。
いや~、面白く拝見しました。
ヤローが青春映画や女の子のことを書く、という同じことをされてる。(笑)
ボクよりもずっとお若いけど、少しテレつつ、エロ親父的に書くスタンスにも共感します。
もっとも感覚的には、ずっと、ハイセンスだから、共感されてもねえ。。。とお困りかもしれません。

ブログ筆者よしだ:

nonoyamasadao さま

コメントありがとうございます。
「少しテレつつエロ親父的に書く」との評をいただき、大変光栄に思います。
ありがとうございます。

おそらく、この映画のシナリオを書いたジョン・ヒューズその人も、同様の感覚で机に向かっていたのではないかと、勝手ながら推測します。
顔を少々赤らめて、にやけながら書いていたのではないかと。

「赤面する程度のエロス」とでも言いますか、本格的にエロいのではなく顔を赤らめるくらいのエロさが、青春映画には最も必要なはずで、この映画はその点が見事ですよね。
映画は、こっそりと一人でも顔を赤らめることができるメディアなので、大変助かります。

nonoyamasadaoさんに倣って、僕ももっとエロ親父的に映画を見ようと思います。

トラ猫アダム:

今晩は吉田様。過日は御丁寧なメールありがとうございました。
ボクが個人的に好きな映画は『再会の時』
(=原題“The Big CHILL ”)という作品です。確か85年だか86年の4月に新宿の“シネマスクウェア東急”で観た作品です。同じ時代を過ごした大学時代の友人達が時を経て、とある友人の自殺を機会に再会するというストーリーですが、使われていた音楽が全て70年代の音楽作品という構成だったことを今でも憶えています。また映画のパンフレットに記事を寄せていた方々の中に筑紫哲也さんの名前があったことも忘れられません。確か筑紫さんは“この映画は、本当は日本で作られるべきだった”と語っておりました。引っ越しの時に何処かへいってしまって今は手元にありませんが、作品自体はDVD化されています。もし気が向いたら御覧になったらいかがでしょうか(レンタルもされているようです)

ブログ筆者よしだ:

トラ猫アダムさま

コメントありがとうございます。
「再会の時」、見てみます。

ビデオ屋でタイトルは見かけたことがありますが、とうとう今まで借りずじまいです。

この記事を書いているうちに、80年代のアメリカ青春映画が気になり始めまして、もっと見てみたいと思っています。

ご紹介ありがとうございました!

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About

●2009年02月21日 02:00に投稿された記事です。

●ひとつ前の投稿は「「復讐するは我にあり」~大人絶滅の危機~今村昌平監督」です。

●次の投稿は「「ソーシャル・ネットワーク」~ネットとの対峙~デヴィッド・フィンチャー監督」です。

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