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「大日本人」 ~隙間にいるヒーロー~ 
松本人志監督

大日本人」(2007

監督: 松本人志
プロデューサー: 岡本昭彦
製作代表: 吉野伊佐男/大崎洋
製作総指揮: 白岩久弥
アソシエイトプロデューサー: 長澤佳也
企画: 松本人志
脚本: 松本人志/高須光聖
撮影: 山本英夫
美術: 林田裕至/愛甲悦子
デザイン: 天明屋尚 (大日本人刺青デザイン)
編集: 上野聡一
音楽: テイ・トウワ/川井憲次 (スーパージャスティス音楽)
vfx監督: 瀬下寛之
音響効果: 柴崎憲治
企画協力: 高須光聖/長谷川朝二/倉本美津留
照明: 小野晃
装飾: 茂木豊
造型デザイン: 百武朋
録音: 白取貢
助監督: 谷口正行

出演:
松本人志
竹内力
UA
神木隆之介
海原はるか
板尾創路
街田しおん


【おはなし】
廃れつつある日本の伝統を背負った大佐藤という男が、とあるドキュメンタリー番組で密着取材を受けている

【コメントー隙間にいるヒーローー】

90年代に青春期を過ごした僕にとって、ダウンタウンという芸人は重要である。
ダウンタウンや吉田戦車が、中高生の僕たちの先頭に立ち「面白い」はこっちだ!と引っ張っていた。

およそ十年をかけて、何をおもしろがるかという基準値をダウンタウンは示し、僕はそれを享受した。
そのことが果たして洗脳なのか意識改革なのか、いずれにしても、僕は率直に彼らの為すことを面白いと思った。

一方で、僕は映画を見ていた。
映画は文化的教育的な側面を持つという風潮があり、ダウンタウンの番組に眉をひそめる親たちも、映画を見ることには反対しなかった。

だが僕にとって、両者に差異はほとんど感じられなかった。
どちらも刺激的で、絶えず「もっと見たい」と欲していた。
ダウンタウンが下らないとも思わなかったし、映画が崇高だとも思わなかった。
その感覚は未だに僕の根っこにある。

「大日本人」は、スクリーンでコントをやるという、野心に満ちた快作であった。

コントと映画の境が一体どこにあるのかは、両方を好物とする僕にとって積年の疑問であった。
その回答の一つを松本人志は示すことに成功した。
この映画は、コント側からその境界線に近付こうとした初めての作品だったと思う。

大佐藤は、仮面ライダーウルトラマンと同種のヒーローである。
敵と闘っているときはともかく、普段彼らヒーローは何をして過ごしているのだろうか。
もしかしたら、街を歩いているかもしれないし、買い物をし、トイレに入るかもしれない。
この映画は、そういった「隙間」の時間帯にスポットを当てている。

僕はこの視点がたまらなく好きだ。
ドラマティックという言葉があるように、多くの映画では出来事が中心に描かれる。
重大な事件があって、取り巻く人々の葛藤が物語を進めていく。
しかし考えてみれば、重大な事件があった後、なお人生は続くのである。
次の重大事が来るまでの間、毎日、寝て食べて働いて、笑って怒って、泣くのだと思う。
むしろ隙間にこそ、人を人たらしめるものがあるのではないだろうか。
隙間にこそドラマが存在するのではないか。
僕はこの映画でヒーローの日常を目撃し、笑った。

映画を見ながら、僕はふと小学校三年(84年)の頃の出来事を思い出した。
学校が終われば走って帰宅し、ランドセルを玄関から放り投げ、そのまま遊びに出掛ける。
そんな日々を送っていたある日。
いつものように友人宅へ向かっていると、前方にハゲ頭の背の低い初老の男性が立ちはだかった。
友人宅へは、この細い抜け道を行くと近い。人もあまり通らない。
そのじいさんの視線を感じつつ、横を通り抜けようとした。
と、突然、彼は僕の右腕をつかみグイグイと引っ張りだした。
僕は声も出ず、引っ張られないように足を踏ん張った。
じじいはにやりと笑うと、手を放し
「おじさんは、スーパーマンなんだ」
と自分を指差した。
「ははは」
と僕はひきつった笑いを返し、走って友人宅へ逃げた。

当時の僕には彼がスーパーマンだとはとても思えなかった。
いや、実際違うだろう。
おかしなじいさんである以上の何者でもない。
だが今は、スーパーマンであってもいいじゃないかと思っている。
彼がそう言うのだから、きっとある部分ではスーパーマンなのだろう。
スーパーマンの日常を、僕はまったく知らないのだから。

大佐藤の日常が、日常であればあるほど、哀れなおかしみが増す。
世間に疎まれ、マスメディアに翻弄され、敵と闘う。
小学生の僕は、あの大佐藤とすれ違っても、まるで気付かなかったろう。

スクリーンでコントを仕掛ける工夫は随所に見られた。
スクリーンで見るべき作品であることは疑いようがない。
だが、これを「映画」と誰もが呼ぶようになるには、きっとまた十年の月日が必要だろう。
と思う。


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●2007年06月29日 19:10に投稿された記事です。

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