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「ターミネーター」 ~コンピュータの電源~
ジェームズ・キャメロン監督

ターミネーター」(1984

監督: ジェームズ・キャメロン
製作: ゲイル・アン・ハード
製作総指揮: ジョン・デイリー/デレク・ギブソン
脚本: ジェームズ・キャメロン/ゲイル・アン・ハード
撮影: アダム・グリーンバーグ
特撮: スタン・ウィンストン
編集: マーク・ゴールドブラット
音楽: ブラッド・フィーデル
 
出演:
アーノルド・シュワルツェネッガー / ターミネーター
マイケル・ビーン / カイル・リース
リンダ・ハミルトン / サラ・コナー
ポール・ウィンフィールド / エド・トラクスラー警部補
ランス・ヘンリクセン / ブコヴィッチ
アール・ボーエン / ドクター・シルバーマン
ベス・モッタ ジンジャー
リック・ロソヴィッチ / マット
ディック・ミラー / 銃器屋の主人
ビル・パクストン / パンク
ブライアン・トンプソン / パンク


【おはなし】

サラ・コナーを抹殺するため、未来からとても強い殺人マシンが送られてきた。

【コメントーコンピュータの電源ー】

親戚宅で見る映画というのがある。
お盆や法事など、どこの家庭でも親類宅へ行くことがあるだろう。

父方の祖父母のおうちに行くと、日曜洋画劇場は決まって「ターミネーター」だった。
正確に回数を述べるならば、「二度、ターミネーターだったことがある」だけなのだが、
印象としてはおじいちゃんち→ターミネーターである。

小学生だった僕(8288)にとって一番の楽しみは二階の叔父の部屋に忍び込むことだった。
兄に続いて部屋に入ると、まずテレビが目に入った。
壁には近未来のような絵の横文字のポスター。
天井には飛行機の模型やイルカの人形が吊してあった。
奥にはベッドがあり、棚にはLPレコードと書籍が並んでいた。
叔父はグラフィックデザインの仕事をしていた。

兄は真っ先にテレビのところへかじりついた。
勝手に電源を入れるとおそるおそるキーボードに触れた。
テレビとばかり思い込んでいたそれは、パソコンだった。
前回来たとき、兄は叔父に簡単な操作を習っていたらしい。
何をどうしたのか知らないが、ゲームの画面が立ち上がった。
バウンドする球体を撃つだけのゲームだったが、PC誌を手本に叔父が自分で作ったと聞き僕は心から感銘を受けた。
自分でゲームが作れるだなんて、当時の我々にとってこれ以上のショックはなかった。
パソコンさえあれば、ゲーム生活の未来は拓ける!欲しい!
あくまでゲームの範疇でパソコンを欲するあたりが愚かしいが、まさか現在のようなパソコン時代が到来するとは、知るよしもなかったのだ。

いつの間にか帰宅していた叔父が、部屋のドアを開けた。
パソコンの前にいるだけで緊張気味だった僕は、思わず逃げ出そうとしてしまった。
叔父は画面をのぞき込み
「やり方、わかる?」
と聞いた。
兄は「はい」と応えた。
「もうすぐ飯やけ」
と言い残し叔父は階下に降りて行った。

夕飯の後、テレビには誰が見るともなく「ターミネーター」が流れていた。
僕は現在に至るまで、日本語吹替えのテレビ版でしかこの作品を観たことがない。

皆の話が盛り上がってきた頃合いを見計らって、僕はテレビの前に座った。
この映画はどの場面から見てもついて行ける。
とにかくターミネーターがサラ・コナーを襲ってくるだけの映画だからだ。
映画の設定を知ったのは数年後、やはり日曜洋画劇場で全編通して視聴したときだ。

特撮は見応えがあった。
殺人マシンは、自ら腕の内側を切開し修理をする。
腕は本物の人間なのに、皮膚の下はマシンの金属が骨の役割を果たしている。
特撮そのものの出来以上に、本気だぜという作り手の誠意が伝わってくる点に良さがあったのだと思う。
少なくとも僕にはショッキングな映像だった。

決して死なないターミネーターは、マシンであるがゆえにプログラミング通りに活動する。
機能が停止する瞬間まで、ひた向きにサラを追う。
皮膚が焼き剥がれ、マシン剥き出しの姿になってなおサラを追う。
健気ですらある。

二階にある叔父のパソコンと、このターミネーターがどちらもコンピュータであるということに、僕は全く気付いていたなかった。
未来は人間対コンピュータの戦争が起こっているという設定の映画である。
80年代半ば、コンピュータに対する希望と戒めの両方が、祖父宅にも内在していたということだろうか。
いや、別にそれほどに大層なことではないのだろうが、つまりそういう時代だったということだ。

息もつかせぬアクションシーンの連続に、気づけば兄も画面にくぎ付けになっていた。
一体どうすればターミネーターは倒せるのだろうか。
クライマックスは近い。
サラは殺されるのか、ターミネーターを止めることはできるのか。
いずれにしても決着がつかなければならない。

「はい、帰るよー」
と、ここで帰宅の時間になる。
いつもそうだ。
日帰りなのだ。
まさか、こんなタイミングで帰れるわけがない。
食い下がっていると姉がバチンとテレビの電源を切った。

ターミネーターはうちの姉によって消された。

まだうちにはビデオがなかった。
いずれまたテレビでやるだろう、と諦めるしかなかった。
そして実際、また何度もテレビ放映された。



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●2007年06月18日 14:31に投稿された記事です。

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