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「長屋紳士録」 ~お婆ちゃんは怖い~
小津安二郎監督

長屋紳士録」(1947

監督: 小津安二郎
製作: 久保光三
脚本: 池田忠雄/小津安二郎
撮影: 厚田雄春
美術: 浜田辰雄
衣裳: 斎藤耐三
編集: 杉原よ志
音楽: 斎藤一郎
 
出演:
飯田蝶子 / おたね
青木富廣 / 幸平
小沢栄太郎 / 父親
吉川満子 / きく女
河村黎吉 / 為吉
三村秀子 / ゆき子
笠智衆 / 田代
坂本武 / 喜八
高松栄子 / とめ
長船フジヨ / しげ子
河賀祐一 / 平ちゃん
谷よしの / おかみさん
殿山泰司 / 写真師
西村青児 / 柏屋


【おはなし】

長屋に暮らすおたねは、一人の戦争孤児を引き取ることになる。

【コメントーお婆ちゃんは怖いー】

寝転がって見始めた。
中学三年生(90年)のときだった。
父は新聞を広げ、祖母は繕いものをし、母は台所、兄はまだ帰宅していなかった。

映画というお高級なお文化のお陰様で、受験期にも関わらず僕は大手を振ってテレビの前に寝転がることができた。
両親は何も言わなかったが、内心苦々しく思っていたかもしれない。
BS2の衛星映画劇場は、当時僕の定番だった。
長屋紳士録」は静かに始まった。

戦後まもなくの東京下町の長屋が舞台。
そこへ一人の少年が連れられてくるところから始まる。
笠智衆が若い。
拾ってきた少年を笠智衆は向かいに住むおたねに押し付ける。
可哀そうだ、ほっとけない、とかなんとか言いながら自分で世話をする気はない。

飯田蝶子演じる主人公おたねが登場したとき、思わず僕は起き上がってしまった。
あまりにも、お婆ちゃん然としていて、感動したからだ。
この、しかめ面!ふてぶてしい態度はお見事!

うちは両親が共働きだったため、幼少期は祖母と一緒の布団で寝ていた。
祖母は常にぶすっとした表情をしていて、小言をたくさん言った。
怒っているわけではない。そういう性分なのだ。

祖母は背後で繕いものをしているが、試しに振り向いて見れば案の定ハの字眉毛のしかめ面である。

一晩だけ、と言い残し半ば無理矢理に少年を置いて行く笠智衆。
黙って立っている少年を、おたねは鬼の形相で睨みつける。
「めっ!」
と威嚇され、少年は俯いてしまう。

これぞ、明治生まれのお婆ちゃん像。ちょっとこわいのだ。
日露戦争からこっち、山あり谷あり曲がりくねった人生を歩んできた女性を、飯田蝶子は完璧に体現する。
冒頭の短いやり取りを見ただけで、僕は安心した。
責任をもって最後まで楽しませると、飯田蝶子が確約してくれたように感じたからだ。
ずっと飯田蝶子を見ていればいいのだ。

この時点で、長屋の連中にとって子供は邪魔な「モノ」でしかない。
おたねは早いところこの厄病神を追い出したい。
この辺のさじ加減がいい。
小津監督の喜劇には、強烈な厳しさが伴うから面白い。
シニカルでブラックユーモアに溢れている。
そこに余分なエグみが出ないところがまた素晴らしい。
苦い思いをしながら生きているよなあ、と微笑みかけてくる感じである。

僕が笑いながら見ていると、後ろで新聞紙をたたむ音がした。

翌朝、少年はオネショをしてしまう。
馬みたいなしょんべんをたれやがった、とおたねは怒る。
おたねの命令で、少年は外に干した布団をうちわで扇ぐ。
片手をポケットに入れて、自分のたれたお小水を扇ぐ少年の姿が、目に焼き付いている。
おかしいし、どこか切ないし、なぜか温まるものも感じる。
こういった印象的な画が、最後までずっと続く。

緻密に計算されているに違いない一つ一つのカットが、丁寧に過不足なく積み上げられていく。
順序を追って、折り目正しく物語が語られ、登場人物がそこに生きているかのように出入りし、ごく自然な流れの中で、おたねは少年に情を移して行く。
二人の距離は狭まり、やがて離れがたいものへと変わって行く。

そういえば、先ほどから台所の方からの物音がしなくなっていた。
振り返ってみると、両親と祖母が、画面に見入っていた。
物語の後半は、家族の四人で笑って、四人で目がしらを熱くした。
何も好んで「家族泣き笑い」をしたかったわけではない。
ただ、この映画があまりにもよく出来ているのだ。誰をも吸引してしまう。
一人で見ようが、千人で見ようが、家族で見ようが関係ない。
この映画はすべての人に、語りかけてくる。

しかめ面のおたねが、少年を愛するようになる過程は、それほど魅力的だった。

小津監督の残した作品は百本近くある。
どれから見たらよいのか決めかねたのだとしたら、ぜひ「長屋紳士録」を。
上映時間が72分。短く感じない。長くも感じない。時間は忘れる。
本当におもしろい映画。

「あーあ。うち泣いたよ」
祖母は鼻をすすった。
お婆ちゃん子である自分が、お婆ちゃんと一緒に、お婆ちゃんが登場する映画を見て、お婆ちゃんが目を赤くしている様に気付いた。
なんだか恥ずかしくなってしまって、「勉強勉強」と呟きながら慌てて二階へ逃げた。

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●2007年06月19日 11:55に投稿された記事です。

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