【コメントーひとつの願いも叶わないー】
忘れもしない。
高校二年(93年)の夏。快晴の日曜日。
当時好きだった同じクラスの女子に告白するため、僕は隣駅駅前のスーパー脇で彼女が来るのを待っていた。
携帯電話のない当時は、相手のおうちに直接電話をかけなければならなかった。
運よく彼女が出たので、あたふたしつつもお昼一時に約束を取りつけた。
その子にしてみれば、用件が何であるかおよそ察しはついていただろう。
時間ピッタリに彼女は現れた。
「ああ、ごめんね急に」
「いや、別に大丈夫」
緊張のあまり次の言葉がなかなか出なかった。
「あー」とか「うー」とか「あのー」「そのー」ばかりで、一分くらいが経過した。
業を煮やした彼女は、
「私から言おうか?」
と切り出した。
その言い方からして、僕は結果を悟った。
私から好きと言おうか?ではなく、私からお断りを言ってあげましょうか?の文脈だった。
「あ、いや、ごめん。言います」
僕は促される形で、その子に告白の言葉を述べた。
「悪いんやけど、今好きな人がおるんよ」
と彼女は流暢に返答した。
「あ、そうなんや。なんかごめんね。じゃ。また」
と、僕は駅に向かった。
一度振り返って見たが、彼女はもう姿を消していた。
視界が狭くなったような心地だった。
やけに暑い日だった。
これで一生涯、彼女なんてできないんだと、ぼんやり考えた。
足早に改札を抜け、帰宅する方面とは逆の電車に乗り、僕は映画を見に行った。
見たい映画があったわけでもなかった。
そういえばディズニー映画を見たことがない。
「アラジン」に決めた。
普段は買わないジュースを自販機で買ってみた。
なぜ映画館のジュースは少し値段が高いのだろう。
カップにメロンソーダが注がれた。
鮮やか過ぎる緑が身体に悪そうだった。
飲むと思ったよりうまく感じた。
気づけば喉がカラカラに渇いていた。
「アラジン」は面白かった。
これがディズニーか。
さすがだった。
誰が見ても楽しめるエンターテイメントに仕上がっている。
先刻ふられた男子高校生でも楽しめる内容。
ストーリーは確実で小気味よい。
貧しい若者、お城を抜け出したお姫様、権力と金に目がない政治家、魔法のランプ、空飛ぶ絨毯。
おはなしの王道を駆け抜ける。
この頃からディズニーアニメはCGを導入し始めている。
「アラジン」にも随所にCGならではの表現が見られ、今後のアニメの可能性を感じさせた。
ただ、「白雪姫」や「ダンボ」に見られるような、柔らかい動きと奥深い色合いは、その後徐々に失せていってしまう。
どちらも素晴らしいアニメ技術なので、両立を維持して欲しいと僕は願う。
ロビン・ウィリアムズが声を担当したランプの魔人ジーニーは、所狭しとスクリーンの中を暴れまくった。
目まぐるしく変化する声色と機関銃のような早口に、僕は声をあげて笑った。
その場限りの即興的な声の芸において優れた才能を発揮する人だと思った。
アメリカ版みのもんただと思った。そんな言い草はロビン・ウィリアムズに失礼だろうか。
いや、みのもんたに失礼なのだろうか。判断がつかないが、とにかく僕にはそう思えた。
ふられた状況下で、よくぞここまで映画を楽しめたものだ。
「アラジン」に感謝しつつ、映画館を後にした。
翌日、僕は友人たちと定食屋に入った。
実は、この度の告白は我々にとってひとつのけじめだった。
自分ひとりでは告白ができないものだから、友人たち五人と同時にそれぞれの相手に想いを伝えようと企画したのだった。
イベントの勢いがあれば告白もできるのではないか。小心者の苦肉の策だった。
結果報告も兼ねてその定食屋に集まり、もしかうまくいった者はうな丼を注文する。
だめだった者は木の葉丼を注文する。木の葉丼とは、親子丼の鶏肉ナシのもの。椿の葉っぱだかが一枚乗っけてある。
六人中、五人が木の葉丼。一人だけがうな丼だった。
そんなことをしているから彼女ができないんだ、と当時の自分に言ってやりたい。