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「アルカトラズからの脱出」 ~冷徹の美学~
ドン・シーゲル監督

アルカトラズからの脱出」(1979

監督: ドン・シーゲル
製作: ドン・シーゲル
製作総指揮: ロバート・デイリー
原作: J・キャンベル・ブルース
脚本: リチャード・タッグル
撮影: ブルース・サーティース
音楽: ジェリー・フィールディング
 
出演:
クリント・イーストウッド
パトリック・マクグーハン
ロバーツ・ブロッサム
ジャック・チボー
フレッド・ウォード
ポール・ベンジャミン
ラリー・ハンキン
ブルース・M・フィッシャー
フランク・ロンジオ
ダニー・グローヴァー


【おはなし】

クリント・イーストウッド演じる囚人が、アルカトラズ刑務所から脱獄する。
実話をもとに作られた映画。

【コメントー冷徹の美学ー】

あいつがいるだけで映画になる。
たまにそういう俳優がいる。
俳優の力が映画を霞ませてしまう現象。
映画に奴が出演しているのか、奴がいるから映画になってるのか判然としない。
日本人なら例えば高倉健勝新太郎
そしてアメリカ人からはクリント・イーストウッドをその筆頭に挙げたい。

イーストウッドが主演すると、駄作でも佳作にまで昇格する。そんな気がする。
どんなにつまらない台詞も、一応の価値を獲得する。そんな気がする。
気がするだけなのが申し訳ないが、実際そんな気がするのだから仕方ない。
彼の存在そのものが映画感を帯びている。その説得力たるや半端ではない。

「アルカトラズからの脱出」は、そんなイーストウッドが主演でありながら、尚且つ映画としても優れた作品である。イーストウッドと映画が拮抗する幸せな作品。
ドン・シーゲルは「ダーティハリー71年)」の監督でもあり、イーストウッドを大スターにした張本人である。

日曜洋画劇場のおしまいには、今後放映予定の作品ラインナップが紹介された。
「アルカトラズからの脱出」は80年代、日曜洋画劇場の常連だった。
この脱獄映画が大好きで、予告を見るだけでワクワクした。
再来週はアルカトラズだ!と小学生の僕(82年88年)は小踊りした。アルカトラズという語感からして堪らなかった。

孤島に建設されたアルカトラズ刑務所には重犯罪者が収監される。
絶対に脱獄不可能な鉄壁の護りは、もはや一個の砦と化している。
万にひとつ、建物から抜け出たとて、外は荒れ狂う大海である。どだい逃げ切れるはずはない。
そこへ放り込まれた一人の男、イーストウッドはIQ200の知能犯。

何の説明も不要だ。
イーストウッドは脱獄を試みるのだ。
食事のスプーンを牢屋に持ち帰り壁をカリリとやれば、ほんの少しだけ粉となって削れる。
看守のいない隙をついて、毎日地道に繰り返す。
溜った壁の粉は、休憩時間に庭を散歩しながらズボンの裾からこっそり捨て散らす。
ゆっくりと、しかし着実に脱獄への道を切り開く。その過程を逐一丁寧に見せて行く。
僕はイーストウッドの一挙手一投足に目を凝らす。

お葬式コントは、笑ってはいけないシチュエーションが返って笑いを誘うという原理だが、脱獄映画もまた、バレてはいけない設定が常に緊張を維持させて飽きさせない。
幾度も危うい場面が訪れるが、そこはイーストウッド、千両役者の機転で切り抜ける。

僕はイーストウッドの表情が好きだ。
常時眉間にシワを寄せている。
相手が誰であろうと、そのままギリリと睨みつける。
人と話すときも、飯を食うときも、穴を掘るときも、まるで呼吸が変わらない。
表情が無いと言って支障ないかと思う。
そしてこの無表情こそが彼の最大の魅力だと推測する。

イーストウッドにとっての演技とは、そこに存在することだと思う。
「居る」ことに集中している。
身振りや表情を作って、殊更に感情を強調するような演技は、イーストウッドの前では小手先の作為でしかない。
動かざること山のごとし。
無表情のまま、奥歯をくいしばるように台詞を絞り出せば、それだけで彼の憤怒が伝わってくる。

ハリウッドにおいて、今なお孤高の存在感で輝き続けていられるのは、キャリアの中からあみ出した無表情の美学を貫いているからではないだろうか。

イーストウッドはついに、脱獄を決行する。
それまでに仲間となった囚人たちと協力し、危機一髪の逃亡劇。
どうやら海へ繰り出したらしいが、果たして彼が生き伸びているのか、それはこの映画を見た者にも分からない。

小学生の僕はご満悦である。
見る度にハラハラし、ラストで万感の思いに達する。
ひたすらに格好いい。

この映画のおかげで、脱獄に憧れを抱いた。
脱獄するためにはまず、刑務所に入らなければならない。
そのために犯罪を犯すのもやぶさかでないさ!

だが、日本の刑務所を「塀の中の懲りない面々87年)」という映画で見て、どうも様子が違うぞと、ここにはどう考えてもイーストウッドはいないぞと、脱獄する夢は諦めることにした。


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●2007年06月22日 14:48に投稿された記事です。

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