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「娘・妻・母」 ~うちはうち、よそはよそ~
成瀬巳喜男監督

娘・妻・母」(1960年

監督: 成瀬巳喜男
製作: 藤本真澄
脚本: 井手俊郎/松山善三
撮影: 安本淳
美術: 中古智
編集: 大井英史
音楽: 斎藤一郎

出演:
三益愛子 / 坂西あき
原節子 / 長女・曽我早苗
森雅之 / 長男・勇一郎
高峰秀子 / 妻・和子
宝田明 / 次男・礼二
団令子 / 三女・坂西春子
草笛光子 / 次女・谷薫
小泉博 / その夫・谷英隆
淡路恵子 / 礼二の妻・美枝
仲代達矢 / 醸造技師・黒木信吾
杉村春子 / 英隆の母・加代
太刀川寛 / 春子の恋人・朝吹真
中北千枝子 / 早苗の友人・戸塚菊
北あけみ / ホステス
笠智衆 / 公園の老人
加代キミ子 / 美枝の友人・とよ
笹森礼子 / モデル
松岡高史 / 和子の息子・義郎
江幡秀子 / 坂西家の女中・たみ
加東大介 / 鉄本庄介(和子の叔父)
上原謙 / 五条宗慶(早苗の見合の相手)
杉浦千恵 / 女事務員


【おはなし】

母親、長男、次男、長女、次女、三女、また、その配偶者らが入り乱れてのお家騒動。

【コメントーうちはうち、よそはよそー】

友人の女性に聞いた話。
彼女の母親は、とある月刊冊子の切り抜きをやっていたという。
生活を主題としたその冊子には、家計簿相談コーナーなるものが毎号掲載されていた。
投稿者は自分の家庭の家族構成と、ひと月分の家計簿を提出し「なぜうまく貯金できないんでしょう?」といった悩みを打ち明ける。
それに答えて先生が、旦那の交際費を抑えろだの、食費を減らせだの言う。
母親がこの記事を切り抜いて束で保管していたのを、帰省した際に発見したのだそうだ。

この話を僕は笑いながら聞いたが、お母様の気持ちも分からないでもなかった。

他人の家庭のことは面白い。
よそのうちの旦那の仕事と地位、妻のパートと園芸、子供らの進学状況、就職状況、じいさんの病状、ばあさんの社交ダンス。
誰しもそういったことは、多少なりとも覗き見したくなるものだ。

渡る世間は鬼ばかりという長寿ドラマがあるが、この番組について話している人の会話は、まるで隣家のゴタゴタを噂しているかのように聞こえる。
「だれそれのところのなんとかさんが、また借金しちゃって!」
渡鬼の人気の秘訣は、多分その覗き見感覚にあるのだと思う。

こういった他人の「下世話」な事象に対して首を突っ込むことに、つい最近まで僕は嫌悪感を持っていた。
そんなもんほっとけ、というスタンスであった。05年、成瀬巳喜男に出会うまでは。

洗練された下世話世界とでも言えばいいのだろうか。
成瀬監督は、社会生活を送る人々の小さな営みに照準を絞り込んで行く。
人々が生きている様を正確無比に描写する。
自分勝手、嫌味、強情、意地悪。
人のいやらしさが赤裸々に繰り広げられる。

まさか、自分にそのようなものを好む資質があったとは知らなかった。
二十代も終わりに近づき、僕も大人になったのだろう。
人間てぇもんは、いや俺っていう男は、なぜこんなにもミットモネエものなんだろう。などと嘆くことも、以前より増えている。
成瀬監督の映画を見ると、自分のことを振り返ることができる。
嫌な部分も、笑いながら、また身につまされながら見るのが本当に楽しいのだ。

この映画は、とある上流家庭での財産問題が柱となっている。
夫を亡くし、出戻りで帰ってきた長女の原節子を中心に、夫の母親と別居したい次女、父親の残した家を担保に借金をした長男、写真屋を営み不倫をする色男の二男、言いたいことをズケズケと言う三女。
それぞれが問題を持ち込み、絡み合い、家族はいよいよ危機を迎え決断を迫られる。
揺らぐ家族の絆。

全ての登場人物が生き生きとしている。
出演者が豪華だから素晴らしいのではなく、俳優たちが素晴らしい演技をするから豪華に感じられるのだと思う。

台詞がまた一々おもしろい。
夜半、布団を敷いた部屋で長男の嫁(高峰秀子)は夫(森雅之)に名案を述べる。
「お義母さんのこと、他人と思うようにすればいいのよ」
これを真剣に言うからグッと来る。

母親はリア王のように子供たちに裏切られ、チェーホフ桜の園のように彼らは土地の上で右往左往する。
がっちりと足腰の強い脚本が物語を支え、その先家族がどうなるのか目が離せない。

成瀬巳喜男の大きさは計り知れない。
これだけたくさんのエゴを一つの映画の中に収納し、どれ一つとして混乱させることなくクッキリと伝える。
それぞれの立場を尊重し、正面に向き合っている監督の勇ましき姿を僕は想像する。
人間の本質に踏み込む度胸において、この人以上の監督がいるだろうか。
普通は尻込みするか、照れてしまうかするものだと思う。

ちなみに友人の母親は、見つかった家計簿相談集を慌てて捨てちゃったのだそうだ。
もったいない。
でも、その気持ちも分かる。


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