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「この子の七つのお祝いに」 ~どうすれば岸田は許してくれるのか~
増村保造監督

この子の七つのお祝いに」(1982年

監督: 増村保造
製作: 角川春樹
原作: 斎藤澪
脚本: 松木ひろし/増村保造
撮影: 小林節雄
音楽: 大野雄二

出演:根津甚八 / 岩下志麻 / 杉浦直樹 / 芦田伸介 / 岸田今日子

【おはなし】
とある殺人事件の真相を追っていたルポライターが死んだ。
これを同一犯の連続殺人と見た根津甚八が真犯人に迫る。

【コメントーどうすれば岸田は許してくれるのかー】

岸田今日子は狂っていた。
震える発声、薄く微笑んだ大きな口。そしてあの眼。
怨念の化身となった岸田今日子は、逃げた夫への憎悪を幼い娘に英才教育する。

小学生だった僕(82年88年)は、この映画の岸田今日子が怖くて怖くて仕方なかった。
度々テレビ放映され、その度に姉と兄と三人で、カッチコチに固まって鑑賞した。

暗い部屋の中に岸田が座っている。
アルバムをめくって、自分の若き日の姿を幼い娘に見せてる。
穏やかな口調で、ゆっくりと過去を懐かしんでいる。
娘はおとなしく写真を見ている。
貧しいながらも母子のささやかなる楽しみなのかもしれない。
すると突如、岸田の顔色が豹変する。
そこに置いてあった針を取り出し、一枚の写真に写る男の顔をめがけてカッカッカッカッカッと突く。
写真はこれまでにも何度も顔を突かれていたのだろう、どんな顔をした男なのか分からぬほどにそこだけ破れている。
岸田は、また先ほどと同じ様子に戻り、微笑みながら何事もなかったかのようにページを繰る。

僕はこの場面で、ぞぞぞぞわーと背筋が冷えた。
針の突き方が尋常ではない。
ツンツンではなく、小刻みにカッカッカッと連射するのだ。
巨匠増村保造監督の演出もさることながら、岸田の演技はその要望を大きく超えたものだったのではなかろうか。
こんなもの、子供が見てはいけない。

昨今の日本映画界では、「リング98年)」の映画化を契機に、ジャパニーズホラーと銘打って数々の恐怖映画が制作された。
この一連の作品は、大雑把に言うならば「脱・横溝正史」という側面があったような気がする。
それまで日本のホラーは金田一耕助一色であったと言って過言ではない。
ところが、横溝正史が小説に書くような、村や田舎や洋館などは時代とともに少なくなってきた。
きっと現代における恐怖があるに違いない、と作り手が模索したこの10年ではなかったろうか。

しかし、そうは言っても、日本人の遺伝子に刷り込まれた横溝的シチュエーションの恐怖は、簡単に洗い落せるものではないようで、金田一シリーズは未だにリメイクされ、映画に漫画に活躍が衰える様子もない。

「この子の七つのお祝いに」が怖い理由は、岸田のほかにもう一つある。
この映画が横溝原作ではないということだ。
正直に告白すると、このブログを書くまで、てっきり横溝ものとばかり思い込んでいた。
設定や構成は、ほとんど模倣だ。
だが考えてみると金田一が出てこない。

そう、金田一が出てこないから怖いのだ。
金田一のキャラクターは、恐ろしい出来事の中で一服の清涼剤となる。
つまり、横溝作品にはあるユーモアが「この子~」には著しく欠如しているのだ。
ひたすらに残酷で怖い。

豆腐に針を刺す岸田の場面は忘れられない。
何かブツブツ言いながら、無数の針を豆腐に刺す。
恨み辛みを述べながら、一本ずつスッスッと刺す。
豆腐に針を刺すのは、針供養である。
その行為自体が怖いはずはない。
だが、物語の流れに乗って岸田が演じると、何と不気味に見えることか。
狂気が丸出しなのではなく、正常な行為に交じって垣間見えるところが素晴らしい。
素晴らしく怖い。
小学生の僕が針供養など知るはずもなく、ただおばちゃんが豆腐に何かやらかしている、その見た目だけで充分に身がすくんだ。

僕たち兄弟は、この映画を見終わると一人で二階へ上がれなくなった。
一列に並んで階段を昇り、全ての部屋の蛍光灯を順番につけて、ようやく解散し各自布団を敷く。

後の映画やテレビドラマでも怪異な岸田今日子は見られたが、大抵の場合はコミカルな要素を含み、彼女自身が自分をパロディ化して演じている感があった。
もちろんそれもいいのだが、鬼気迫る本当に怖い岸田今日子を見たいならこの映画に尽きる。



コメント (22)

Matsumoto:

トシがばれますが、封切を映画館で見ました。
たぶん高校生のときです。「悲しみのあまり気が狂ってしまった」
という設定が多用されていて、嘘くさーい!と思った記憶が・・・。
怖かったのは岩下志摩のセーラー服姿の写真。(笑)記憶は不確かですが、
その写真を見て「これが彼女だったのか!」と謎が氷解するシーン
だった記憶があるので本人がやるにこしたことはないんですけど、
セーラー服は無理がありすぎるだろう!と思わず笑ってしまいました。
でも子供にはめちゃくちゃ怖い映画だったんですね!
ブログ作者さまとのトシの差を感じ、ちょっと寂しい今日この頃。(笑)
さらに脱線しますが、大学の時、落研でやった大喜利で先輩が披露したネタをひとつ。
お題「ホラー映画とかけて」
「小岩井牧場で怒りながらピーナツを食べる人ととく」
「その心は」
「このこのっ!ナッツの小岩井にっ!」
くだらなすぎて脱力したんですけど、今思えばいかにこの映画がホラーとして
認識されていたかという証拠になるような気がします。
長々と失礼しました。

ブログ筆者よしだ:

Matsumotoさんコメントありがとうございます。
当ブログ始まって以来、初めてのコメント、ありがたく読ませていただきました。

封切りでご鑑賞されたとは、
羨ましい限りです。
その時代、その場所に、僕も参加したかったです。

岩下志麻のセーラー服姿は、僕の目にも焼き付いています。
何のテレビドラマだったか森光子の女学生姿とかいうのも記憶にあります(コントではなく)。

あの違和感は、作品の出来を左右するほどの衝撃がありましたね。
子供だった僕でも、素直にそれを受け入れるには多少の努力が必要だったと思います。

「このこのっ!ナッツの小岩井にっ!」の掛け言葉には、いろいろなことを考えさせられました。
思わず深呼吸して読み直してしまいました。
この一本の映画を通して、Matsumotoさんの落研のご先輩のことに僕も想いを馳せることができ、うれしく思います。
ありがとうございました。

楽太郎:

映画解説、凄く巧いです!

この映画の怖さを改めて認識しました。
そう、一服の清涼剤が無いんです。
見終わった後の行き場の無い不快さは類を見ません。
恐怖映画としては最高の域に達しています。
トラウマになるので、18禁にした方が良いぐらいです。

ブログ筆者よしだ:

楽太郎さん
コメントありがとうございます。

そうなんですよね、不快にすら感じるほど
怖いんですよね。
映画は完結しても
何ひとつ事態は解決しませんでした。
最悪の出来事に最悪の出来事が重なって、
人間の不気味な本性を
露骨に見せつけられました。

恐怖映画であっても大抵は
どこかに、救いや落とし所があって、
観客として一応の落着を認識できるものなんですが。

こんなもの
僕も18禁にすべきと思います。
賛成。

でも、小学生の頃にこの恐怖を味わうことができたのは、
幸福であったのかも、とちょっと思っています。

ルディ:

こんにちわ!はじめまして。
私も子供の頃見た記憶があり、久しぶりに見たいと思っていて、レンタルビデオを探していたんですが、なかなか見つからず諦めていた所、思いがけず図書館で見つけて借りてきて見ました。
岸田今日子さんが怖すぎです!そういえば岸田さんのイメージは私の中で、この真弓お母さんでした。「まや~、お父さんは酷い人、許してはだめよ、恨みなさい~。」って言う岸田さんは鬼気迫り、恐ろしすぎ・・・。大根と豆腐に針を刺しながら「殺してやる、殺してやる」と言われたら道夫お父さんでなくても逃げ出したくはなるというもの。
3人もの人を殺してしまったゆき子が可哀想すぎだと改めて思ってしまいました。最終的に彼女がどうなったかとても気になりますね。
セーラー服姿の岩下志麻さん、無理がありすぎですが・・・。
亡くなった方がたくさんでているし、若かりし頃の小林稔侍さんも出ていて楽しめました!

ブログ筆者よしだ:

ルディさん
コメントありがとうございます。

レンタルビデオ屋からビデオが減りつつある昨今では、
DVD化されない作品は希少価値を増しています。
この作品も、もう全国のビデオ屋から
姿を消しつつあるのではないでしょうか。
なるほど、図書館という手があったんですね!
ここへ来て旧態依然の組織がありがたく思えます。
どうぞ映像ソフト革命が図書館には訪れませんように。

そんなビデオの状況とはまた関係なしに、
手抜きなものですから
この記事も小学生の時テレビで見た記憶で
書いていて、以後見直していません。
お恥ずかしい限りですが、小林稔侍が出演していたことをすっかり忘れています。
俄然、見直したくなっております。

確か芦田伸介がぽつぽつと妻の狂った過程を
回想で語る場面があったと思うのですが、
あの場面をまた観たいです。
なんかすごく悲しいシーンだったように思います。
また、セーラー服の岩下志摩の、別な意味での悲しさも味わいたい。

ご覧になられたとのご報告、ありがとうございます。
「あの時」の映画を近くに感じられ
大変うれしいです。

ゆき:

私は幼稚園の頃テレビで見た記憶があります。だから内容とか全然覚えてない。

覚えているのは、障子と布団の白、それから眩しいくらいの赤。女の子。台所に立つ母。朝起きたら一緒に寝ている布団の中で血まみれになって死んでいる母。そして、通りゃんせの歌。

微かな記憶を頼りに、この作品が何だったのか何度も調べました。トラウマなのかな?あの不気味さが忘れられない。ずっと気になっていて、ようやく今日作品のタイトルが判りました。

丁寧な作品解説ありがとうございました。

ブログ筆者よしだ:

ゆきさん
コメントありがとうございます。

この映画を幼くして見てしまった人々は、恐怖心の原風景として断片的にもシーンが脳裏にこびり付いてしまっていると思います。
一本の映画を中心に多くの人々が同じ恐怖を共有し、こうやってそれぞれが当時を思い返すのは素晴らしいことですね。

全く僕一人ではこの恐怖を解消することはできませんが、コメントをいただけたことで、うれしい恐怖として思い返すことができます。僕だけではなかったのだと。

今見れば、きっとじっくりその恐怖を噛みしめることができるはずです。
またテレビでやらないですかねえ。

まむ:

あまりの懐かしさに思わず書き込みしたくなりました。たしかに怖い映画でした。静かな狂気を通して怖がらせる岸田今日子さんの演技は素晴らしかった。でも、私が一番印象に残っているのは、杉浦直樹さんです。あんなに優しく哀しく人を愛せる男性ってすごいな・・・と、とても切なく感じたのを覚えています。ホラー映画なのに・笑

ブログ筆者よしだ:

まむさん
コメントありがとうございます。
お恥ずかしいことに、小学生当時見たっきりのため杉浦氏が出演していたことをすっかり忘れてしまっています。
ぜひ、見直したいと思います。
教えていただきありがとうございました!

千恵:

はじめまして。
もうお腹がよじれる位に楽しく?読ませてもらいました。
現実の世界でもこのような狂気?(殺害は別に)は存在していると思ってます。
というか実際職業柄いくついくつも見ており
とても架空嘘の世界と括れないものがあります。
人間は弱く脆いですからね。

ブログ筆者よしだ:

千恵さん

コメントありがとうございます。
この映画がおそろしかったのは、岸田今日子の狂気が必ずしも作り物ではなかったからなのでしょうかね。
少なくとも、見た当時子供だった僕には、
本物の人間の狂気を目の当たりにした感動、驚きがあったように思います。

年を経るに従って、「狂気」を理解できるようになった、
というと語弊があるかもしれませんが、
何か自分の中にも社会とは相容れない個人的な思い、思い込みなどがあるような気がして、
普段の生活ではそれが外へ出ることはありませんが、
何かのきっかけで溢れ出るやもしれないことは、決して否定できないと思っています。

きっと僕だけでなく、誰しも心の奥にあの感覚を沈めてあるように思うのですが、
まさしくこれは、千恵さんの仰る通り、人間の(僕のです)弱さ脆さであるに違いありません。

そんな実感を踏まえた上で、岸田今日子は素晴らしかったですねー。

sugar:

なんでか、この映画のタイトルを検索した私、きっと

私も幼いころに見たんでしょうね。私も74年生まれなんで

すが、結構怖いの平気でTVでやってましたよねぇ

超怖がりなくせに見たいから、音消して見たり、『あー』っ

て言いながら、見てたり、、、

岩下志摩が子供捨てに行くのとか、、怖い怖い。すけきよも

今でも無理かも。

エレファントマンも強烈な印象で、レンタルに行って手にと

っても結局あきらめ、、、、。またきまーす

ブログ筆者よしだ:

sugarさん
コメントありがとうございます。
子供の頃、テレビでは怖い映画が目白押しでした。
きっと今よりもずっと規制もゆるかったのでしょう、過激なものも結構平気でやっていたように思います。
この映画も、本当にしょっちゅう放映していて、怖いから嫌いなんですが、見たくて仕方がないという状態で。
すけきよ、エレファントマン、岸田、全部おぞましい怪物の記憶です。

菜の花子:

検索してたらこちらにたどり着きました。

私も子供のころにテレビで見たのですが、ずっと記憶に残っています。怖いというより、悲しいという感じでした。名作ですよね。俳優人がすばらしく、失礼ながら今の若い俳優たちには演じきれないのではないかと思います。またテレビで放映してほしいです。

タタヤン:

はじめまして。この映画の怖さを分かっていただいてる方(と言うか、この作品を知っている方)が沢山いらしゃる事、嬉しく?思います。諸説様々ですが、個人的見解を言わせていただければ、愛する人を手にかけ親友をも殺め文字どうり自身の全てを投げうって正に仇に遭遇した時に語られる真実・・・これまでの人生、犯した罪、喪ってしまったモノ・・・最期に全否定。このラストの喪失こそ真の怖ろしさだと思います。仮に今までの自分の人生が全て否定されたら・・・?今でもそんな妄想に囚われる程のトラウマを植え付けられました。

ブログ筆者よしだ:

菜の花子さん
コメントありがとうございます。
実はこの「この子の七つのお祝いに」の記事が最もアクセス数が多いのです。
そんなに全国でこのタイトルが検索されているのかと感心するほどの数字なのですが、
おそらく皆さんの心の中でも、もう一度見たい映画として輝いているのでしょうね。
今こそテレビ放映をしていただきたいと願っています。
充実の俳優陣を、また堪能したいです。

ブログ筆者よしだ:

タタヤン さん
コメントありがとうございます。
表向きは分かりやすく岸田今日子に戦慄するように作られていますが、
タタヤンさんの仰る通り、あのラストにおいて真の恐怖はこれまでの全てを否定されたことだったかもしれません。
この映画のストーリーと似たような作品はもしかすると他にもあるかも知れませんが、
なぜでしょう、「この子の七つのお祝いに」の絶望感はずば抜けたものがありました。
改めて鑑賞したくなりました。ありがとうございました。

菜の花子:

追記になりますが、原作は多分、横溝正史賞をとった作品ではなかったでしょうか?題名からして惹かれますよね!

ブログ筆者よしだ:

菜の花子さん
追記コメントありがとうございます。
ネットで調べてみましたら、斎藤澪の原作は確かに第1回横溝正史賞を受賞しています。
最初からそのつもりで書かれた小説だったんでしょうね。
偉大なる横溝へのリスペクトを形にした作品だったのでしょう、見事だったと思います。
読んでみたくなりました。

ジャンニーニ:

 CATVの日本映画専用チャンネルでこの映画が放映されました。EPGで見つけて早速録画。自分の記憶といま見る映像とのギャップを確かめながら見ていました。岩下志麻のセーラー姿の写真は・・・

ブログ筆者よしだ:

ジャンニーニ さん

コメントありがとうございます。
僕もまったくの記憶でこの記事を書きましたので、実際に見てみれば、また別の感慨があるかもしれません。

やはり、セーラー服の岩下志麻は、今も変わらず破壊力があったようですね・・・。

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About

●2007年07月14日 00:19に投稿された記事です。

●ひとつ前の投稿は「「娘・妻・母」 ~うちはうち、よそはよそ~成瀬巳喜男監督」です。

●次の投稿は「「シカゴ」 ~二つの腹話術~      ロブ・マーシャル監督」です。

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