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「ナイスガイ」~本物の痛みに耐える人~
サモ・ハン・キンポー監督

ナイスガイ」(1998年公開)

監督: サモ・ハン・キンポー
製作: チュア・ラム
製作総指揮: レナード・ホー
脚本: エドワード・タン/フィベ・マ
撮影: レイモンド・ラム
音楽: ピーター・カム

出演:
ジャッキー・チェン
ミキ・リー
リチャード・ノートン
カレン・マクリモント
ガブリエル・フィッツパトリック
ヴィンス・ポレット
バリー・オットー
サモ・ハン・キンポー


【おはなし】

ジャッキーは料理人。ひょんなことからギャングに狙われてしまうことに。
あとはアクションの連続です。


【コメントー本物の痛みに耐える人ー】

98年の春頃。
フリーターの僕は、大学の頃からの友人たちと新宿にいた。
久々の友人が大阪から遊びにも来ており、映画で休日を過ごそうかということになった。

ちょうど世間では、映画「タイタニック」が流行っていた。
良くても悪くても、観た後の話題にはなるだろう。
適当な時間を調べ映画館へ向かった。
ところが、次の次の回まで客席は埋まっており、我々はほうほうの体で退散することになった。
「タイタニック」が公開されたのは確か前年の暮れだったはず。
随分経つので行けば見れると踏んでいたのだが、とんでもない。
まだまだ大ヒット絶賛上映中だった。

僕は、予定の映画が見れないという事態をほとんど経験したことがない。
福岡にいた頃(95年まで)は大抵が二本立て上映で、各回入れ換え制でもなかった。
おまけに90年代前半は、映画界斜陽の真っ只中。
行けばガラガラで好きなところに陣取れたし、ヒット作であっても同時上映の作品から見れば問題なく座れた。
上京してからは映画の趣向が変化し、ハリウッド大ヒット大作を見る回数も減っていた。
行列に並んだり、立ち見で映画を鑑賞する感覚が欠如している。

すぐに諦めて他の作品を探すことにした。
こういうときに出会う映画は想い出になる。
まったく予備知識もなしに、フラリと入る映画館。
僕たちはジャッキー・チェン主演の「ナイスガイ」を選んだのだった。

ジャッキーの映画を、僕たちは子供の頃にテレビでよく見ていた。
その後もずっと彼が映画を作っていることは知っていたが、久しく目にしていない。
二十歳を超えた今、彼の新作を見るということは、幼かった自分を振り返ることであり、今の自分を見つめ直すことであり、またジャッキーの俊敏さを確かめることであり、ただ口をアングリ開けてアクションを堪能するだけ、ということである。

上映までにまだ少し時間がある。
客席には、映画のテーマ曲らしきBGMがヘビーローテーションで流れている。
ノリの良い曲調は、我々の期待を否応なしに高める。
それにしても同じ曲を回し過ぎだ。
客の入りは悪かった。
おそらく、20年来のジャッキーファンであろう男性が、まばらに座っているだけだった。

いよいよ映画は始まった。
「タイタニック」の最先端CGを駆使した大スペクタクルが上映されている一方で、「ナイスガイ」のジャッキー・チェンは己の肉体のみを持ってアクション映画の何たるかを表現していた。
久し振りに再会したジャッキーは衰えるどころか、無茶なアクションに拍車がかかっていた。
どう考えても大怪我をするであろう人間の落下や圧縮が、めくるめくスピード感で展開する。

ストーリーに関しては実に浅いというか、あまり練られていないというか、大体で済ませてあった。
これは重要なことなのかもしれない。
ストーリーがしっかりと仕組まれていると、ジャッキーアクションに時間を割けなくなってしまう。
映画のバランスとして、アクション過多になるのは、それを求めている観客の期待に応えるサービス精神の顕れなのではなかろうか。
客席の僕は、物語の手落ちを全く気にとめなかった。
そんな馬鹿な!という展開があればあるほど楽しい。

ラストには巨大なトラックが登場する。
一つのタイヤの直径が、ジャッキーの身長の二倍はあろうかというようなトラック。
そのタイヤに飛びついて運転席へよじ登るジャッキーは、当時四十歳過ぎ。
トラックを乗りこなし、高級車を踏みつけ、豪邸をぶち壊してしまう。
それが何を意味するのかは、よく分からなかったのだけど、錆びていないジャッキー映画のハチャメチャぶりには感動があった。
全編笑って見ていたのだが、最後には「お前、すごいよ…」と胸が熱くなる思いがした。

僕は当時、アルバイトを転々としていた。
何がやりたいのか自分でもよく分からず、いたずらに毎日を消費していた。
この映画はジャッキーのハリウッド進出、第一作目。
ジャッキーの目指しているところは明確だった。
そして、自身の身体を駆使し、痛い目に遭いながら映画を創作していた。

この映画を見れたことが幸運に思えた。
上映が終わると、先ほどまで映画の中で流れていた例のテーマ曲が改めて館内に響き始めた。
一緒に行った同い年の友人たちの、満足気な笑顔を見た。
売店に直行した僕は躊躇なくサウンドトラックを購入した。
実は、映画のサウンドトラックを買ったのは生まれて初めてのことだった。
このCDは今でも僕の宝物だ。


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●2007年08月01日 21:09に投稿された記事です。

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