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「しとやかな獣」~あやこがゆく~   
川島雄三監督

しとやかな獣」(1962年

監督: 川島雄三
企画: 米田治/三熊将暉
原作: 新藤兼人
脚本: 新藤兼人
撮影: 宗川信夫
美術: 柴田篤二
編集: 中野達治
音楽: 池野成
助監督: 湯浅憲明

出演:
若尾文子
川畑愛光
伊藤雄之助
山岡久乃
浜田ゆう子
山茶花究
小沢昭一
高松英郎
船越英二
ミヤコ蝶々

【おはなし】

とある団地の一室に住む家族。
両親、娘、息子の全員がそれぞれにしたたかな詐欺行為に勤しんでいる。


【コメントーあやこがゆくー】

先日、新宿に行くと駅前に大変な人だかりができていた。
普段以上の人混みに驚いていると、どうやら選挙活動が行われている。
翌日が投票日で、立候補者が最後の「お願い」に参上していたわけだ。
選挙カーが何台もあちらこちらに見られ、仮設ステージにマイクスタンドが置かれている。
ただでさえ混雑する新宿の駅前なのに、ビラ配り、ウチワ配り、拡声器での演説で、もう辟易である。
しかし、その賑わいを抜けるまでの間に僕は立候補者のチラシを一枚受け取っていた。
チラシには若尾文子(わかおあやこ)の顔写真が大きく載っていた。

参議院選挙で若尾文子共生新党から立候補していた。
夫の黒川紀章と共に選挙活動に東奔西走していたが、この若尾文子が錚々たる名映画監督たちと仕事をしてきた大女優であることを、新宿の若者たちが知るはずもない。
思わず手にしたチラシには、既に70歳を超えた老境の若尾文子の顔写真。
凄絶なほどの美人であった面影はしっかりと残っていた。

「しとやかな獣」は名匠川島雄三監督、未だ現役の新藤兼人脚本による傑作喜劇である。
とある四人家族が悪事に精を出している。
退役軍人の父親は、働かずして国からお金を貰うことに必死。
娘は作家と不倫をしてお金を絞り取り、息子は会社の金を横領している。
映画の舞台は家族が住む団地の一室の二部屋のみで、悪人たちの息詰まる会話劇が展開する。

事態は正常ではない。
狂気のホームドラマ。
世の父親が娘を叱るときに、もっと愛人らしく金をしっかりふんだくって来いとは、まさか言わないだろう。
そもそもこの文化住宅は娘の愛人である流行作家が彼女に買い与えたものだ。
いつのまにやら家族で住まわっている。
この映画の登場人物たちの道徳観念は、一般的な感覚とは全く逆さまだ。
逆さまなのだが、身勝手で強欲な彼らを見ていると、まるでこちらの腹の底がばれちゃうような、むずむずとした心地にさせられる。
笑ってしまうが、笑ってばかりもいられない。

登場人物たちの駆け引きが、螺旋構造のように絡みつつ、登り詰めるところまで登り詰める。
シナリオ、演出、演技、美術、音楽、全ての要素が噛み合って、その攻防を盛り上げる。
結末は、まったくもって…、まったくもってである。

高度経済成長の只中にあった当時の日本と日本人を真正面から風刺し、人間の醜い部分をユーモアに昇華させつつ描いてあるシナリオは、絶妙という一語に尽きる。
脚本の新藤兼人は映画監督でもあるのだが、シナリオにも定評のある人で、特に「しとやかな獣」は代表作と言って差し支えないのではなかろうか。
舞台劇にもなり得る作品だと思っていたら、近々舞台版をやるらしい。→舞台版紹介
まず間違いのないシナリオなので、どう転んでも見応えのある演劇になるだろう。

また、ともすれば退屈になりかねない密室劇を、川島雄三監督の神業的演出が面白さに拍車をかけている。
一度たりとも同じアングル、同じ画面サイズを撮らない。
ここまでやるか、というほどにバラエティに富んだカメラワークである。
緻密且つ大胆且つスタイリッシュ。
川島雄三監督は、よく「天才」と冠される人なのだが、常々僕は軽々しく天才という言葉が使われることについて疑問を感じていた。
エジソンもラーメン屋の店長も一緒くたに天才扱いである。
そして、この映画を見たときに、「あ、天才」と気づけば呟いていた。
多分、映画において天才とは、この映画が撮れてしまうような人のことを指すのだと思う。

俳優がまた素晴らしい。
父親役の伊藤雄之助に釘付け。
低い声、早口、ギョロ目、飛び出た下唇。
一家の主とは思えぬ不謹慎な発言の連発に、思わずのけぞってしまう。
僕は、地獄の底から這い上がって来たような顔を持つこの俳優の大ファンである。
他の映画ではぽっかり優しい男を演じたりもするから油断できない。
まさしく、怪優と呼ぶに相応しい。

母親役の山岡久乃は、おそろしい。
表面上は、人情ドラマの頼れるおっ母さんといった体を発現していながら、腹には暗黒世界のドロドロマグマが充満しているのが伝わってくる。
飄々とした中に、尋常ではない腹黒さだ。
これまた怪演。

そこに、スコーンと抜けるような美人が一人ちょこなんと座っている。
若尾文子の美しさがこの映画の不気味さをより強調する。

その後、選挙チラシの顔となって僕の手にまで届くことになる若尾文子。
僕は、振り向いて見たが共生新党の仮設ステージには、まだ演説者は到着していなかった。
立ち止まって待つことはせず、僕は足早にその場を歩き去った。
何しろ、「しとやかな獣」の若尾文子には、途方もない「内心」があったのだ。
下手に触れるのはよしておこう。


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●2007年08月10日 18:13に投稿された記事です。

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