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「裏窓」~自分の部屋の窓の裏から~
アルフレッド・ヒッチコック監督

裏窓」(1954年

監督: アルフレッド・ヒッチコック
製作: アルフレッド・ヒッチコック
原作: コーネル・ウールリッチ
脚本: ジョン・マイケル・ヘイズ
撮影: ロバート・バークス
音楽: フランツ・ワックスマン

出演:
ジェームズ・スチュワート / ジェフ
グレース・ケリー / リザ
レイモンド・バー / ラース
セルマ・リッター / ステラ
ウェンデル・コーリイ / トーマス


【おはなし】
足を負傷して車椅子生活のジェフ(ジェームズ・スチュワート)は、とあるアパートで療養していた。


【コメントー自分の部屋の窓の裏からー】

僕はノゾキをしたことがある。
ノゾキは犯罪であり、実に卑劣で不愉快な、人として恥ずべき行為だという社会通念も承知の上で、中学当時の僕のノゾキについて、ここに告白してみる。

中学三年生になって(90年)、ようやく自分の部屋を与えられた。
姉が大学入学でうちを出て行き、一部屋空いたためだった。
高校受験に向けての準備は万端整った。
あれだけ欲していた「自分の部屋」に入り、しかし僕は向かいのアパートを覗いていた。

部屋の窓から首を出し右を向くと、50mほど先に市営のアパートがあった。
その2階に住む若夫婦(と思われる)の奥さん(と思われる)が、カーテン越しに着替えているのをたまたま見かけてしまったのだ。
着替えをしていたのか、ただ部屋を歩いていただけなのか、若奥さんだったのか、その旦那だったのか、実はほとんど未確認なのだが、僕の視神経は妄想をも実体化する勢いで「若い女性の着替えを見た」ことにしてしまっていた。
以来、夕飯を食べ終わると二階の自分の部屋に入り電気を消したまま、向かいのアパートを眺めていた。

いくら眺めていても、カーテンは閉まったまま。
その部屋の電気が灯ることも、あまりなかった。
それでも日課のように、僕はアパートを眺めていた。

僕の部屋の窓の正面には3階建てのビルが建っていた。
手を伸ばせばビルに触れることができるほどのお隣さん。
ビルの2階の窓があり、窓の上部には分厚いコンクリートのひさしがあった。
厚さ30cm奥行20cm、幅は窓と同じくらいで2mはあっただろうか。

アパートを見ていても何も変化がないものだから、飽きてしまった僕はそのひさしの上に乗ってみた。
自分の部屋から身を乗り出し、腰ほどの高さにあるひさしに上り移った。
見上げると、自分の家とビルの狭間から夜空が見えた。
ひさしに腰掛けて、夜空を見たり、アパートを確認したり、はたまた自分の部屋を覗いたりした。
道路から見上げたら、丸見えの位置だった。
通行人に、僕は狂人に見えたろうが、幸いにも通報めいた事件は起こらなかった。
そもそも夜は人通りがほとんどない地域だった。

映画「裏窓」は、覗き見ることの面白さが、そのまま映画の面白さとなっている。
主人公は、こちらの建物から正面の建物を双眼鏡で覗き、窓によって切り抜かれた人々の悲喜こもごもを鑑賞する。
これは映画の本質に極めて近いような気がする。
映画とは「見る」ものである。
スクリーンのサイズに切りぬかれた登場人物の模様を覗き見する娯楽芸術。
巨匠ヒッチコック監督は、映画が最も得意とする表現法を強調し、自在に操り、見事なサスペンス映画を作ってしまった。

主人公のジェフ(ジェームズ・スチュワート)は、とある一室の夫婦に注目をした。
様子がどうもおかしいことから、夫が妻を殺害したのではないかと推理する。
それを暴くために、あの手この手でその夫に仕掛けをする。
ジェフの恋人リザをグレース・ケリーが超絶美人で演じている。
あれほどの美人がお見舞いに来てくれているのだから、何も事件に首を突っ込まなくたってもよさそうなものなのに。
リザを容疑者の部屋へ送り込んだりするのだ。

随所に挟まれる、コメディの調子。
事件の全容が明らかになるにつれ、高まる緊張。
身動きの取れない主人公ジェフに、最大の危機が訪れるクライマックス。
覗き見のアイデアから発展させ、紛うことなき映画の本道に辿りついた傑作。

中学時代に「裏窓」を見ていた僕は、この映画を免罪符に市営アパートを覗いていたところがあった。
何か事件があるやもしれぬ、という表向きで、着替えシーンを心待ちにしていた。
しかし、若奥さんの着替え姿は、結局それ以降一度も見ることはできなかった。
いつしか僕は、自分の部屋ばかりを覗いていた。
自分の生活空間を外から眺めると、まるで違うもののように感じられた。
敷かれた布団。片付かない机の上。散らばった本やマンガ。
あまりちゃんとした人間ではない様子が伺えた。
客観的に見ることで自分を見つめ直していた、というのは言い過ぎかもしれないが。

季節が秋に差し掛かり、あまりの肌寒さと、自分及び自分の部屋の汚さとに、ひさし観測は中止の運びとなった。


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●2007年09月03日 19:40に投稿された記事です。

●ひとつ前の投稿は「「ダイ・ハード」~アンハッピーマンデー~ジョン・マクティアナン監督」です。

●次の投稿は「「イースター・パレード」~美技、内股~ チャールズ・ウォルターズ監督」です。

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