« 前の記事 | メインページ | 次の記事 »

「シコふんじゃった。」~受験の土俵に乗るのだ~
周防正行監督

シコふんじゃった。」(1992年公開)

監督: 周防正行
製作: 平明暘/山本洋
プロデューサー: 桝井省志
企画: 島田開/石川勝敏
脚本: 周防正行
撮影: 栢野直樹
美術: 部谷京子
編集: 菊池純一
音楽: 周防義和
助監督: 高野敏幸

出演:
本木雅弘 / 山本秋平
清水美砂 / 川村夏子
竹中直人 / 青木富夫
水島かおり / 朝井知恵
田口浩正 / 田中豊作
宝井誠明 / 山本春雄
梅本律子 / 間宮正子
松田勝 / 堀野達雄
宮坂ひろし / 北東のケン
片岡五郎 / 主審・林
六平直政 / 熊田寅雄(ob)
村上冬樹 / 峰安二郎(ob会会長)
桜むつ子 / 穴山ゆき
柄本明 / 穴山冬吉

【おはなし】

本木雅弘演じる山本秋平は、大学を卒業するため卒論指導の教授を訪ねた。柄本明演じる穴山教授は、授業に出席していなかった秋平に、卒業させてあげる代わりに相撲部員として試合に出ることを命令する。かくして秋平は部員集めから試合まで相撲部として活動することを余儀なくされる。


【コメントー受験の土俵に乗るのだー】

NHK衛星放送の映画情報番組で、おすぎがこの映画のことを褒めていた。
当時おすぎは、今よりもずっと辛口の映画評を発表していた。
その彼が、もとい彼女が、いや彼が、絶賛するからには余程のことだろうと映画館へ足を運んだ。
古くて広いその映画館に、観客は15人ほどしかいなかった。

中学を卒業した91年の春から翌年の春まで、僕は一年間の浪人生活を送っていた。
通常、浪人生と言えば大学受験を目指す者のことを指す。
僕は、高校受験に失敗し中学浪人という珍しい境遇にあった。

大学の受験生を迎える普通の予備校の一番端の教室に、高校受験クラスという張り紙があった。
その予備校では、九州でも数少ない中浪(ちゅうろう、と呼ばれてました)のクラスがあった。
その一年間、勉強漬けになれば良かったのだが、どちらかと言うと僕は映画漬けの日々を送った。

シコふんじゃった。」に登場する大学のイメージは、高校にすら行けていない僕にとって羨望の地そのものだった。
緑のある広々としたキャンパス。
自由な時間と気ままな服装。
行き交う若い男女。
大人として認められている上に、まだ学生だからという遊びの猶予も残されている。
ほとんど極楽に思えた。

物語の主人公秋平は、正に今時の学生。
抜け目なくやり繰りした結果、既に内定まで獲得している。
あとは卒業するだけだったのだが、穴山教授の一計で心ならずも相撲部に入部することになる。

学生を仰望する反面、僕にはいささかの嫉妬もあった。
のんびりしやがって、と難癖を付けたい思い。
だが、この映画では、そんな学生が本気で一生懸命になるまでの過程が描かれていた。
相撲を通して、彼らが成長や変化を遂げるところが映画の軸となっている。
痒いところに手の届く展開だった。
なんというか、中浪の僕が言うのもおこがましいが、よく心得た映画だと思った。

試合に出るためには5人の部員が必要である。
竹中直人演じる大学8年生の青木と共に仲間探しが始まる。
相撲はまわし姿にならなくてはならない。
精神論が横行し、とても学生に流行るスポーツではない。
やっとこさ集まったのは、
ただデブだからという理由で勧誘した田中(田口浩正)。
家賃がかからない相撲部寮に釣られた留学生スマイリー。
相撲部マネージャー(清水美砂)が目当ての春雄。

どうしようもない集団が勝利目指して奮闘するのは、60年代70年代にアメリカ映画でよく撮られた。
周防監督自身、「がんばれ!ベアーズ76年)」をやりたかった、と語っている。
清々しいアメリカ映画の娯楽性を、実にうまく日本の設定に置き換えてあった。
公開された92年の映画界はどん底の不景気で、特に日本映画の失墜が目に余る最中、「シコふんじゃった。」の完成度の高さは僕にとって衝撃だった。
大抵の邦画が有する、しみったれた感じがなかった。
サクサクと物語は進行し、登場人物が有機的に行動を起こす。
過度に情に訴えるようなこともせず、相撲そのものの面白さも伝える。

映画の中盤あたりで、客席から煙があがった。
僕の10列ほど前にいたおっさんが煙草を吸い始めたのだ。
当時、僕は何度か客席で煙草を吸うおっさんを目撃している。
今ほど喫煙規制が厳しくなかったとはいえ、さすがに客席で吸うのは御法度である。
客も少ないし、まあ仕方ないか、と僕も慣れたものだった。

映画はいよいよ盛り上がってきていた。
宿敵、北東学院大学との対戦。
秋平と北東のケンの一番で勝敗が決まる。
秋平は相撲部から学んだことを試合で発揮した。
それは辛抱や我慢という言葉で映画では描かれていたが、つまり人生において重要な人としてこうあるべきだという真理のようなものだったと思う。
秋平は何かを掴み、北東のケンにも勝利する。

その時、客席から今度は拍手があがった。
煙草のおっさんが手をたたいて秋平の勝利を称えていたのだ。
つられて、周辺にいた他のおっさんも二人ほどが拍手をしていた。
映画館で拍手が起こったのは、これまでに二度しか経験したことがない。
一度目は「E.T.」※、そしてこの「シコふんじゃった。」。
僕はまんざらでもない気分になった。
その映画が確かにおもしろい映画だということを、映画館で他人と共有できるのは素晴らしい体験だと思う。

「シコふんじゃった。」の登場人物たちは、奮闘の末、勝利を手にすることができた。
そして、次なる挑戦へとそれぞれの道を歩み出す。
秋平が一人土俵にいるところへ、マネージャーが現れる。
二人向き合ってシコを踏む。
マネージャーの「とうとう私もシコふんじゃった」という台詞でエンドロールが流れる。
バシッと映画は終わった。
語り残しが一つもない。おもしろかった。

映画を見終わった僕は、勇気付けられていた。
当面の目標は高校に合格することだ。それ以外にない。
この一年間というもの、授業には出席せども、ほとんど勉強をしてこなかった。
受験日は、数週間後というところまで迫っていた。
ここへきてようやくのこと。
「とうとう僕も勉強しちゃった」で、問題集を解いた覚えがある。

※「E.T.」で拍手が起こったことについての記事は→こちら(07年6月14日の記事です)


コメントを投稿

About

●2007年07月27日 20:58に投稿された記事です。

●ひとつ前の投稿は「「太陽がいっぱい」~100年経ってもアラン・ドロン~ルネ・クレマン監督」です。

●次の投稿は「「エイリアン」~平安の今日、エイリアン~リドリー・スコット監督」です。

メインページへ戻る。

最近書いたもの

このブログのフィードを取得
[フィードとは]