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「暴走機関車」~黒い機関車と黒い本~ 
アンドレイ・コンチャロフスキー監督

暴走機関車」(1985年

監督: アンドレイ・コンチャロフスキー
製作: ヨーラン・グローバス/メナハム・ゴーラン
製作総指揮: ロバート・A・ゴールドストン/ヘンリー・ウェインスタイン/ロバート・ホイットモア
原案: 黒澤明/菊島隆三
脚本: ジョルジェ・ミリチェヴィク/ポール・ジンデル/エドワード・バンカー
撮影: アラン・ヒューム
音楽: トレヴァー・ジョーンズ

出演:
ジョン・ヴォイト
エリック・ロバーツ
レベッカ・デモーネイ
カイル・T・ヘフナー
ジョン・P・ライアン
T・K・カーター
ケネス・マクミラン
ステイシー・ピックレン
ウォルター・ワイアット
エドワード・バンカー
ダニー・トレホ


【おはなし】

二人の脱獄囚は追ってを振り切って貨物列車に乗り込んだ。
ところが機関車の運転手が心臓発作だかなんだか、ぶっ倒れて死んでしまう。
制御の利かなくなった機関車は、どんどんとスピードを上げて行く。


【コメントー黒い機関車と黒い本ー】

今、世間は夏休み。
電車に乗ると真っ黒に日焼けした小学生をよく見掛ける。
彼らが手に持っているノートは、どうやらスタンプラリーの冊子らしい。
JR東日本ではポケモンスタンプラリー2007を実施していたようだ(8月12日まで)。
親子で指定の駅を回っては、改札付近に設置されたスタンプを押しているのである。

たまの盆休みに大変だなぁと、お父さんに同情していたのだが、親子揃ってピカチュウの紙製サンバイザーを被っていたりもしていたので、わりと大人たちも楽しんでいたのかもしれない。

ホームに入って来た電車に向かって、男の子二人が手を振っていた。
子供は電車が好きだ。

映画が初めてスクリーンに映写されたのは、1895年のこと。
リュミエール兄弟の「列車の到着」という作品。
機関車がホームに入って来るだけの1分ほどの短いフィルム映像だった。
本物の機関車がこちらに迫って来るものだから、観客は歓声を上げて身をよけたという。
彼らの驚きは、電車に手を振る子供たちの興奮に近いものがあったと思う。

電車の躍動感は人々を魅了し、そして多分映画との相性が良いのだ。

暴走機関車」は、そのタイトルの通り、ブレーキが利かなくなった機関車を描いたノンストップアクション映画である。
もともと黒澤明がアメリカに乗り込んで撮る予定だったのだが、様々な事情によりお蔵入りとなった。
その後、黒澤のシナリオに手が加えられ、アンドレイ・コンチャロフスキー監督によって日の目を見た。
黒澤の名前は「原案」としてクレジットされた。

中学生の頃(88年91年)、この映画の存在を知り僕は本屋へ駆け付けた。
黒澤のシナリオ集「全集 黒澤明」という書籍が当時第六巻まで出版されており、その本屋には一巻と四巻と五巻の三冊が置いてあった。
第五巻に「暴走機関車」のシナリオが掲載されており、僕は立ち読みでこれを拝読させていただいた。
後に大学生になってから六巻全てを購入することになるのだが、この時は手が出ず、三冊読み切るまでこの本屋には随分とお世話になった。

シナリオを読んだ後、ビデオ屋で借りてコンチャロフスキー版を観賞したのだが、僕には甚だ消化不良な作品だった。
断然、黒澤のシナリオの方が面白い。
その後ハリウッドでもたくさん作られる、ノンストップアクションムービーのエキスが凝縮されている。
シンプルで力強い物語の構成。
中年の脱獄囚と若い脱獄囚の、男臭過ぎる確執。
機関車の常軌を逸した躍動。
ハラハラドキドキの設定の中、濃い人間ドラマが展開する。
これを1966年
の時点で書いていたのだ。

黒澤明監督の作品はビデオで完全制覇していたし、気に入ったものは何度も繰り返し鑑賞していた。
当時の僕はその気になっていたので、シナリオを読むだけでありありとその画面が頭に浮かんだ。
黒澤だったら、そうはしないんだよなあ。
と、コンチャロフスキー監督に厳しい批判をぶつける2時間となってしまった。
機関車が走るという動きそのものを、黒澤明監督ならもっと魅力的に撮ってくれたのではなかろうか。

今思えば、この映画がそこまでの駄作だったとは思えない。
脱獄から逃亡、パニックアクションがごった煮となった面白さ。
危機的状況での登場人物の描写、ジョン・ヴォイトの好演、雪原を行く真っ黒な機関車の情景など、結構見どころは多い。
あくまで、あの時の自分にとっての評価だったのだと思う。
「全集 黒澤明」の表紙を開く楽しさは、その時点で本編の映画よりも興奮があったのかもしれない。

ある時、うちの父親が「全集 黒澤明」を全巻買ってやろうと言ったことがあった。
下手に口を滑らせてしまったのかもしれないが、僕にとっては聞き捨てならない重大事だった。
翌日から「ねえ、まだ?」攻撃が続き、半年ほど経った頃だったろうか、
「絶版で買えんやったわ」
と父は述べた。
目の前が真っ暗になった。
父への猛烈なる不信感に汗ばんだ。
その後、本屋に行ってみると、第五巻が売れていた。
残りの二冊を、また開いてみた。
この重量と黒い表紙が堪らなく好きだった。

僕は、スタンプラリーに興じている親子を見て思った。
ポケモンサンバイザーで充分な満足を子供に与えられるのは得策だと。
いたずらにお金のかかることは避けておいた方がいい。
電車が走るだけで、それはもう娯楽になり得るのだ。

※黒澤明監督作品との出会いについての記事は「用心棒」で触れています。→こちら(07年6月13日の記事です)


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About

●2007年08月22日 14:18に投稿された記事です。

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